ワワフラミンゴ『映画』

 
6月29日15時の回以外の回をみることが出来ていれば、また違う感想を抱くことになっただろう。会場となった王子スタジオ1が外からの音を遮断するようには出来ていないため、たまたまその時間帯に訪れたあいにくの雷雨は、作品の印象に良くも悪くも甚大な影響を与えた。舞台はおそらく家の中という設定で、登場人物たちの入退場はトイレなどに向かう時を除いて、基本的に劇場の扉の開閉で行われる。扉を開ければいきなり大通り、車の通行も人の通行もまばらながら絶えず、雑音が容易に劇場内に響きわたる。そのことが作品にとっていいことなのかどうかはよくわからなかった。むしろ眉をひそめたぐらいだった。というのも、ワワフラミンゴの魅力は、似たようなかんじのゆるふわな雰囲気の女性たちが、これまた似たようなトーンのとぼけた会話を延々としつづけるという「ユートピア性」に存在すると考えていたからだ。しかし、自動車のクラクションの音、高校生たちの粋がった話し声、近くに落ちたであろう雷、あきらかにいま進んでいる物語とは位相の異なるノイズが紛れ込んでくるたびに、わたしは怯えざるを得なかった。簡単に目の前の世界が壊れてしまうような気がしたからだ。ただ、もしかすると、今回の作品のポイントはそこにあったのかもしれない。ユートピアの存在を脅かす異物。
今回の最大の特徴は、登場人物のひとりが男性だったということだろう。岡崎藝術座の俳優、小野正彦が演じる、手汗のように醤油が体から滲み出るという謎の妖怪は、ゆるゆるでもふわふわでもない、あえて擬音語で表現するとしたら「ざらざら」がふさわしい、不穏な雰囲気を身にまとっていた。劇中でわたしが最も笑ったシーン、皿に盛られた大量のクッキーを強引に一気食いしようとしてざらざらと口に流し込んだ結果、全然口に入りきらずにほとんどのクッキーを床にぶちまけるという一連の流れを、何の説明もなく何故か二度繰り返すというあのシーン、あのとき小野正彦は北村恵に「さっきやったばっかじゃん!!」という、終始穏やかなワワフラミンゴにしては幾分か強めの叱責を受けたにも関わらず、納得のいく返答は口にしない。遂に行為の意味は掘り下げられずにスルーされる。スルーに次ぐスルー。そうして蓄積していった一見意味のわからない行為の数々は、星座のように繋がっていき、やがてある種の一貫した行動原則にたどり着く。
いや、たどり着きそうでたどり着かない。ルールの確かな存在は肌で感じ取れるにも関わらず、ルールをうまく言語化できないもどかしさ。そのもどかしさは膨らんでいく異物として、ワワフラミンゴの醸成する平和さに、淡い影を落としていった。